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2017.10.29 UP
周南市在住クリエイターへのインタビュー連載初回は、「STUDIOつちえ」代表の土江孝さん。プログラマーからグラフィックデザイナーへの道を歩み、東京でもデザイナーとしてのお仕事を経験されてこられました。デザイナーの仕事や暮らしの面で、東京と周南市でどんな違いがあるのかを聞きました。
ーーデザイナーとしてのお仕事はいつ始められたんですか?
プログラマーとして6年間働いた後です。高校卒業とともに横浜に出て、プログラマーとしての仕事を始めました。プログラマーの仕事も最初は面白かったんですが、経験を積むに連れ途中から「考える」というより「指示をだす」仕事に変わっていきました。日本の人件費も高くなっていったので、海外のプログラマーに仕事を任せて、自分が考えてつくる仕事が少なくなっていったんですね。
そんなときに当時革新的だったMacのフライングトースター(※Macのスクリーンセーバーにでてくるキャラクター)を見て衝撃を受けまして。脱サラして新聞奨学生制度を利用して水道橋にあるデザイン専門学校に行き、卒業後は、西麻布でグラフィックデザイナーとして働き始めました。
ーーデザイナーとしてどんなお仕事をされてきましたか?
東京では大手代理店から依頼された案件をデザインしていました。紙媒体のデザインは分野問わず行ってきました。東急百貨店(本店・東横店)の催事や企画ものの販促を行うツールなどが主でしたね。
周南市に戻ってからは、地元企業や自治体から依頼を受けてグラフィックデザインを行っています。最近は、下関の観光ポスターや、宇部市「ときわミュージアム」のUBEビエンナーレ、また周南市の道の駅「ソレーネ周南」のロゴなどをデザインしています。
ーー周南市に戻られたきっかけはなんでしたか?
元々上京した当時、戻ってくるつもりは無かったんですが、グラフィックデザイナーとして働き始めたとき、技術を磨き、周南市に戻ろうと考えていました。デザイナーとして地元に貢献したいと思うようになりました。
周南市には東京にあるものと比べていいものが沢山あるのに、良さがうまく伝わっていないものが多くあるんです。おいしさ・良さが伝わらず、結果的に安売りしてしまっているときがある。デザインは、エンドユーザーにその本当の価値を伝えられる力があるので、これからもそういうデザインを創っていきたいです。
ーーこれからの周南市にはどんな思いを持っていますか?
2016年から周南市が取り組みはじめた、クリエイターのネットワークづくりには期待しています。地元を挙げての取り組みは、一丸となって進めることに意味があると思っています。周南市の何をオリジナリティとして押し出していくか、話し合って、決めたことを一丸となって応援していくような形ができれば、新しい取り組みにもチャレンジできていくと思います。
やっぱり失敗するかもと考えると「新しいことをしなくていい、これまで通りでいい」となってしまいやすいですが、それではクリエイティブな仕事は生まれません。根本から一つ一つ改革・改善する必要があります。私自身は二番煎じではない、新しいものを生み出していくことに情熱をもっていますが、これからの周南市を背負っていくような若手がそういった新しいものにチャレンジ出来る体制も同時に創っていきたいですね。
PROFILE
土江 孝(ツチエ タカシ)
STUDIOつちえ 代表。
1972年生まれ。山口県立徳山工業高等学校を卒業後、日立ソフトウェアエンジニアリング(株)入社のため上京。東京デザイナー学院卒業後、(株)エスキューにて東急百貨店、ソニープラザ等の販促ツールデザインに従事。2005年、(株)ワイズオフィスにUターン就職のち、phグラフィックスを経て、フリーグラフィックデザイナーとして現在に至る。